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フェローシップ制度
(社内外・国内外への派遣・留学をし技術習得を支援する制度)
受講者:室井先生レポートvol.8

こんにちは。年末年始のホリデーシーズンもあっという間に過ぎ去り、早くも2025年が始まりました。アメリカの年末年始の過ごし方は日本と異なり、日本は年明けに休暇を取得される方が多いですが、アメリカはクリスマスに休暇を取得する人が多く、年始は1月2日から何事もなかったかのように働き始めます。そして庭がある家も多いので、庭も含めて家全体を本気でクリスマスの装飾をしている家も多く、見ていて楽しい気分になります。テレビでは1週間程度、毎日のようにクリスマスソングが流れ続けます。デイビスは大学を中心とした小さな町で学生が多いため、ホリデーシーズンは皆故郷に帰省しているためとても静かな雰囲気になりました。人がかなり少なくなったデイビスですが、クリスマス当日のKFC(ケンタッキーフライドチキン)は忙しかったようです。

今回は僕が行っている3つ目の研究についてお話しさせていただければと思います。3つ目の研究は、股関節全置換術を実施した際に起こり得る合併症に関連した研究です。股関節全置換術は以前のお話の中で少し触れましたが、主に大型犬(ラブラドールレトリバーやジャーマンシェパードなど)の股関節形成不全に対する治療法の一つであり、文字通り股関節(骨盤と大腿骨の一部)を金属製のインプラントに置換する手術です。股関節を金属製のインプラントに置換することにより、関節炎によって軟骨がすり減った状態の骨同士が擦り合うことによって生じる痛みを軽減し、股関節自体の機能を残すことも可能な優れた手術です。主に救済的な手術として行われている大腿骨頭骨頸部切除術(偽関節形成術)より、関節の機能回復が良いと言われています。近年では小型犬の股関節疾患(レッグペルテス病など)にも適用されており、日本では一部の施設で行われているようです。優れた手術方法である反面、合併症が発生した場合は細菌感染、再脱臼、骨折など重篤な症状を引き起こすことがあります。今回の研究はその中でも手術中やインプラント設置後に起きる可能性がある大腿骨の骨折に関連したものであり、実際の手術をコンピューター上でシミュレーションし、インプラントを設置した際に大腿骨のどの部分にどんな力が発生して骨折が発生しやすくなるかを特定することを目的としています。この研究では有限要素解析という手法を用いる予定であり、獣医学領域ではまだ多く使われていない比較的新しい研究手法です。有限要素法は工学、物理学領域では昔から使われている手法であり、3Dデータ(医学領域ではCT画像データを用いることが多い)を細かい要素(主に四面体)に分割し、それらを各々の荷重条件にてコンピューター上で計算して性質を特定していきます。難しい話を少し書きましたが、橋を建設する際にどこの強度が足りないか、機械やインプラントを作る際にどこが破損しやすいかを評価する方法です。医学領域では整形外科分野と非常に相性がよく、骨折や関節置換術などインプラントを用いる手術のシミュレーションでよく使われています。有限要素解析を行うソフトウェアはそれなりに高価であるため、日本の獣医系施設では数施設にしか導入されておらず、僕は運よくその中の一つの施設で大学院に通っていたため、有限要素解析を行なった経験があるということでUC Davisにおいても行わせていただく流れとなりました。この解析方法は解析時の条件設定がとても難しいため、大学院生時代はかなり苦戦しながら行なっていましたが、その時の研究が後の仕事につながってくれたことで苦労した甲斐があったなと思います。大学院の時代の研究は、日本では多い疾患である小型犬の橈尺骨骨折に関連したものであり、3Dデータを作成した橈骨にプレートとスクリューをコンピューター上で設置し、橈骨に荷重(歩いた時に骨にかかる負荷を模した力)をかけてインプラントと骨にかかる力の分布の関係性を調査した研究です。一言で言ってしまえばコンピューター上で骨にインプラントを設置して荷重をかけるというシンプルな研究ですが、工学系の知識が必要かつ先端技術を駆使した解析方法なだけに、1年近く条件設定に四苦八苦したことはいい思い出です。

そして先日、珍しい手術の助手にも入らせていただきました。猫の膝蓋骨脱臼(通称パテラと呼ばれ、膝のお皿が外れる疾患です)によって大腿骨と脛骨が変形し、両方の骨に対して矯正骨切りをするという手術です。この病気は膝のお皿が脱臼することによって後ろ脚の曲げ伸ばしや力が入れづらくなり、症状(跛行や筋肉量の低下等)が出ている子に対しては手術が必要になる病気です。重度の場合は大腿骨や脛骨といった膝蓋骨に関連している骨の変形まで起きることがあります。一般的には小型犬に多く、猫で起こることは稀です。そしてどちらの場合でも症状を示していない場合は手術をしないことが多いので、猫で手術を必要とする子はさらに稀です。そして、大腿骨と脛骨の両方に変形があり、両方の骨を矯正骨切り(曲がっている骨を真っ直ぐにする)する必要がある手術はより珍しいので、今回は大変貴重な経験をさせていただきました。前日に話を伺った時はその手術だけで丸一日かかるのではと思っていましたが、さすがに外科の専門医の手術は正確かつ素早く、4時間程度で終了しました。前日に3Dプリンターを使用して作った骨モデルも見せて頂きましたが、準備の周到さも伺えました。手術前後のレントゲンをお見せできれば分かりやすいですが、様々な制約が予想されることからお見せできないことが残念です。終了後はすぐに別の子の関節鏡の手術に移行していました。大型犬の肘関節疾患に対する関節鏡手術も猫の後肢の変形に対する矯正骨切り術と比較すれば珍しくはないですが、日本では大型犬が少ないため、貴重な手術を拝見させて頂きました。UC Davisのsurgery centerは新設されたばかりであり、中の機器も最新のものが多く存在するので何度来ても楽しさを感じます。マスク越しに話される英語を正確に聞き取れるようになれることも課題だと感じました。

先日、牛肉を買ったら1日で色が赤から緑に変色して驚きました。今までアメリカでそのような経験はなかったので同じラボの人に相談したところ、果物や野菜と同じで品質の悪くなったものも売っているため、買う時には注意して選んだ方が良いと言われました。一概に全てがとは言いませんが、日本の品質基準の方が厳しく、買う側としては安心かもしれませんね。それではまた次回。

左図:大腿骨にインプラントを入れて有限要素解析を行なった画像
※赤と緑が負荷の大きい(破綻しやすい)部分

右図:左図を上から見た画像


室井 謙宏

プロフィール:
日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業
日本獣医生命科学大学付属医療センター 整形外科研究生
日本獣医生命科学大学 獣医外科学教室大学院生
日本獣医生命科学大学 獣医学博士号取得
イオンペット動物病院 勤務

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